1. 病態
猫の乳腺部に発生する腫瘤性病変の80%以上が悪性腫瘍で、悪性腫瘍の98%が乳腺癌で占められている。犬と異なり、猫では良性の乳腺腫はほとんど存在せず、良性腫瘍は過形成や炎症性病変である点に注目する必要がある1)(図1)。
2005年1月~2014年12月に病理組織検査ノースラボに提出された猫の乳腺癌1,965例の疫学データをまとめると、日本における猫の乳腺癌の発生年齢の中央値は12歳齢(2~22歳齢)、99%は雌猫で発生し(雌:雄=1,902:22、うち41例が性別不明)、大部分が雑種猫であり好発品種は認められていない。犬と同様、猫でもホルモンと乳腺腫瘍発生の関係性が強く示唆されている。
つまり、不妊手術実施の有無と乳腺癌発生の関係が認められており、不妊手術を実施していない猫と比較して、生後6カ月齢未満で不妊手術を実施すると乳腺癌の発生率を91%低下させ(オッズ比=0.09、95%信頼区間:0.03~0.24)、7~12カ月齢未満では86%(オッズ比=0.14、95%信頼区間:0.06~0.34)、13~24カ月齢では11%(オッズ比=0.89、95%信頼区間:0.35~2.3)低下させるが、24カ月齢以降では不妊手術の効果が認められなかった2)。
図1. 猫の乳腺部に発生する疾患ランキング
出典:小林哲也, 賀川由美子:病理組織検査から得られた猫の疾患鑑別診断リスト2015, Vet Oncol, 8: 42, 2015. より引用・改変
猫の乳腺部に発生する腫瘤性病変の80%以上が悪性腫瘍で、悪性腫瘍の98%が乳腺癌で占められている点に注目。
2. 診断
猫の乳腺腫瘍の外貌は、発見される時期によってさまざまであるが、小さな腫瘤は被毛で覆われてしまうため発見しにくいことがある(図2~6)。
また、猫の乳腺腫瘍の33~60%は多発する傾向があるため3-6)、乳腺に腫瘤を1カ所認めたら、乳腺領域を剃毛し、全乳腺を1つずつ丁寧に、鼠径および腋窩リンパ節腫脹の有無とともに触診する必要がある。
術前仮診断は原則的に細針吸引(FNA。図7)、確定診断は術後病理組織検査(外科マージン、グレード、脈管浸潤の有無、リンパ節転移の有無の確認)で行う。
術前の精密検査(ステージング)として、広義のミニマムデータベース〔血液検査(CBC)、血液化学検査、尿検査、±チロキシン(T4)〕、3方向胸部X線検査、2方向腹部X線検査、腹部超音波検査、腋窩および鼠径リンパ節のFNAが含まれる。猫の乳腺癌の肺転移は、犬の乳腺癌の肺転移のような明確な結節性病変をつくらず、微小結節として認められる場合も多い点に注意する(図8~10)。
多くの症例で、肺の転移性病変が大型化する前に胸水が貯留しはじめ、呼吸困難を引き起こす(図9、11)。
また、猫の乳腺癌のリンパ節転移は、明確なリンパ節腫脹をともなわないことも多い。とくに猫の乳腺癌の初期リンパ節転移率は20~42%と比較的高く3, 5, 7-12)、乳腺癌がリンパ節転移を引き起こしている可能性を十分に考慮して診断・治療を進めたほうが無難である。
猫の乳腺の領域リンパ節の解剖図を図12に示した。また、猫の腋窩および副腋窩リンパ節の超音波検査による描写法を図13に、鼠径リンパ節および副鼠径リンパ節の描写法を図14に示した。古典的な世界保健機構(WHO)病期分類13)は複雑で使用しにくいため、実際に用いられることが多い変更型病期分類10)を表1にまとめる。
図2. 固着性大型乳腺癌
雑種猫、不妊雌、9歳齢。左第3~4乳腺に発生した固着性大型乳腺癌(最長径7cm)。初診時に肺および右鼠径リンパ節に転移をともなっていた。
図3. 多発性大型乳腺癌
雑種猫、不妊雌、10歳齢。左第2(最長径5.5cm)および左第3乳腺(最長径3.3cm)に発生した、硬結感のある多発性大型乳腺癌。初診時に腋窩および鼠径リンパ節に転移をともなっていた。
図4. 潰瘍をともなう多発性乳腺癌
雑種猫、雌、12歳齢。左右乳腺に1.0~6.7cm大の多発性腫瘤を認め、一部は舐め壊して潰瘍化している。初診時に副腋窩リンパ節に転移をともなっていた。
図5. 比較的小型な嚢胞性乳腺癌
雑種猫、不妊雌、14歳齢。左第4乳頭部付近に発生した1.2×0.4cm大の嚢胞状腫瘤。細針吸引で液体が採取され腫瘤自体はほぼ消失したが、細胞診検査で乳腺癌であることが判明した。
図6. 図6.比較的小型な硬結性乳腺癌
ペルシャ、不妊雌、11歳齢。右第4乳頭付近に小型硬結の乳腺癌。腫瘤が被毛に覆われており、発見が困難であった。切除後の病理組織検査で、腋窩、副腋窩、鼠径リンパ節には転移性病変が存在していないことが確認された。
図7. 猫の乳腺癌の細胞診画像
(画像提供:IDEXXラボラトリーズ平田雅彦先生)
a: 猫の乳腺癌の細胞診画像(低倍率)。大小の集塊を形成する乳腺分泌上皮が認められる。
b: 猫の乳腺癌の細胞診画像(中倍率)。分化度の高い乳腺分泌上皮。細胞異型には乏しく、シート状の配列は単層立方上皮であることを示している。
c: 猫の乳腺癌の細胞診画像(中倍率)。腺上皮の重層化をともなう乳腺分泌上皮の集塊が多数認められる(○)。猫では腺上皮の重層化が認められたら乳腺癌を強く疑う。
d: 猫の乳腺癌の細胞診画像(高倍率)。細胞間結合性に乏しいタイプの乳腺癌。異型性は中等度から重度である。
図8. 胸骨リンパ節および肺転移を
ともなう乳腺癌の胸部X線画像
雑種猫、不妊雌、17歳齢。身体検査にて左右副腋窩リンパ節付近に複数の乳腺癌(最大約1.5cm)を認める。肺野にはび漫性に直径約4mmの境界不明瞭で陰影度の淡い結節~気管支パターンともとれる陰影が無数に認められる。あきらかな胸腔内液体貯留を示唆する所見は認められない。胸骨リンパ節は不整な形を呈し重度に腫大しているが(矢印)、この猫は消化器型リンパ腫もともなっているため、胸骨リンパ節の腫大がリンパ腫と乳腺癌のどちらのものによるかは正確には不明。
a:側方像、b:VD像
図9. 中等度の癌性胸水および肺転移をともなう乳腺癌の胸部X線画像
雑種猫、不妊雌、14歳齢。右第3~5乳腺に複数の乳腺癌を認める。肺野には直径約3mmの辺縁がにじむ粟粒性結節~気管支パターンともとれる陰影を無数に認め、重度に粗造にみえる。胸腔内には中等量の液体貯留が認められ、側方像では心臓の陰影がはっきりと確認できない。胸水の細胞診検査で癌性胸水が確認された。また胸骨リンパ節もしくは胸膜の肥厚を疑う所見が認められるため(矢印)、超音波での確認が必要である。
a:側方像、b:VD像
図10. 肺転移をともなう乳腺癌の胸部X線画像(び漫性気管支間質パターン)
雑種猫、不妊雌、15歳齢。右第5乳腺に自潰をともなう乳腺癌を認める。肺野にはび漫性に重度の気管支間質パターンを認め、ほかにも粟粒性結節が無数に認められる。気管支パターンあるいは結節パターンの周囲から、にじむように肺胞パターンが広がる。胸水貯留は認められない。
a:側方像、b:VD像
図11. 肺転移をともなう乳腺癌の胸部X線画像(粟粒性結節)
スコティッシュ・フォールド、不妊雌、15歳齢。左第4および第5乳腺に0.8~1.3cm大の多発性乳腺癌を認める。肺野全葉に境界不明瞭な粟粒性の結節が無数に認められる。胸腔内には少量の液体貯留が認められる。胸水の細胞診検査で癌性胸水が確認された。
a:側方像、b:VD像
図12. 猫の乳腺の領域リンパ節の解剖図
腋窩リンパ節および副腋窩リンパ節は、外側胸動静脈に沿って体幹側に付着している。鼠径および副鼠径リンパ節は、浅後腹壁動静脈に沿って乳腺側に付着している点に注目する。
図13. 超音波検査における腋窩リンパ節
および副腋窩リンパ節の描出法
[撮影協力:(公財)日本小動物医療センター戸島篤史先生]
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a: 腋窩リンパ節を描写する際、保定者は前肢を軽く曲げて腋窩部に窪みをつくる(写真指先)。腋窩部を剃毛すると皮膚が擦れて動物が違和感を感じ、皮膚炎を起こしたりすることがあるため、極力剃毛は避け、アルコールあるいは超音波ゼリーのみで超音波検査を実施したほうが無難である。
b: aの拡大写真。
c、d: a でつくられた窪みに超音波プローブを縦断面で当てると腋窩静脈を通常は描写する。
e、f: 腋窩静脈を胸腔側に追い続け、腋窩静脈が胸腔に消え入る直前、腋窩静脈の尾側に低エコー性の腋窩リンパ節を描写することができる。
g、h: 腋窩リンパ節付近、腋窩静脈から分岐する外側胸静脈(外胸静脈)を検出し(動画中矢印)、外側胸静脈を尾側に追い続けると、外胸静脈先端に低エコー性の副腋窩リンパ節を描写することができる。外側胸静脈を追いかける時のプローブの動きとしては、胸壁に向かってプローブを立てるように、胸壁沿いにプローブを尾側に滑らせるイメージである。
図14.超音波検査における鼠径リンパ節および
副鼠径リンパ節の描出法
[撮影協力:(公財)日本小動物医療センター戸島篤史先生]
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a、b: 第4乳腺を中心に剃毛し、第4乳腺正中に横断面で超音波プローブを当てる。
c、d: プローブの角度を変えず、そのまま尾側に水平移動させると、音響陰影(超音波がほとんど反射してしまう組織の後方でエコーが減弱、あるいは消失した領域)として、恥骨を検出することができる。
e、f: 恥骨よりやや頭側の脂肪組織内に、左右それぞれ2つの鼠径リンパ節(内側および外側)を描写することができる。外側鼠径リンパ節が1mm以下の場合、超音波では検出しにくく、内側鼠径リンパ節のみ描写されることもある。
g、h: 内側および外側鼠径リンパ節を挟み込むように走行している浅後腹壁静脈を検出し、浅後腹壁静脈を頭側に追い続けると、浅後腹壁静脈の先端に低エコー性の副腋窩リンパ節を描写することができる。プローブの動きとしては、鼠径リンパ節付近の浅後腹壁静脈を検出後、第4乳腺外側に向けてプローブを水平移動するイメージである。